電子書籍の販売促進術
電子書籍をどのように販売するか
2010年のiPad発売や2012年のAmazonのKindleストア開設で電子書籍が注目を集めるようになって数年が経ち、ようやく日本でも一般的な電子書籍が普及してきたようです。各電子書籍販売サイトで扱われている日本語書籍の数も十数万~数十万点と、普通の書店としても恥ずかしくないレベルになってきました。
一見順調に見える日本の電子書籍ですが、実際に電子書籍を発行している出版社にとってはまだ喜べるような状況ではないようです。
株式会社インプレスによると、2015年度の電子書籍市場は2011年度から280%拡大、1826億円になったと推計されています。このうち雑誌を除くと252%増の1584億円と急速に成長していることが分かります。しかし、1584億円のうち1277億円はコミックであり、それ以外を見ると全体の数%にすぎません。
現在、電子書籍としてリリースされるものの多くは、印刷用に作られたデータをもとに電子書籍化しています。複雑なレイアウトを持つものでなければ、DTPデータを電子化するのはそれほど難しくありませんし、コストも抑えられます。ただしそれはあくまで印刷用にデータを作った後の追加のコストであり、イチから書籍を作るためには欠かせない編集コストなどを印刷本と按分するとなると今の売り上げでペイするのは難しいでしょう。
電子書籍をさらに普及させるためには、より多くの読者をひきつける必要があります。現在、日本でもっとも電子書籍を売り上げており、電子書籍普及の原動力となっているのはやはりアマゾン社ですが、同社の販売手法は電子書籍の今後のあり方に大きな示唆をもたらすものです。ここで同社の売り方を具体的に検証してみましょう。
Kindleストアを訪れるとまず目に付くのが、月替わり、日替わり、セレクト25といった各種のセールです。毎日1冊の日替わりセールは値引き率もかなり大きなもの、月替わりセールは割引率のそれぞれ異なる数十冊を一ヶ月の間割り引くというものです。さらに、「Kindleストア四周年謝恩セール」のように単発のセールもあります。これは対象期間も割引の形もジャンルもさまざまなセールを提供することで、マンネリを防ぎ読者の注意を惹きつけようということでしょう。実際、Kindleストアのセールを楽しみにしている人は少なくありません。
なお、アマゾン社といえばユーザーの購買・閲覧行動を分析しお勧め商品を表示するレコメンデーションの手法をいち早く取り入れたことでも有名です。この手法もあまりやりすぎると逆効果ですが、最近はより洗練されてきているようです。
店内を歩き回るだけで数百数千の書籍を実際に目にしながら本を選ぶことができる街の書店と違い、Web上の書店は一度に画面にせいぜい数十点ほどしか表示することができず、客がいちどに受けとる情報量という点では劣ります。はじめから読みたい本が分かっていて探すには便利なのですが、店を探索して気になった本を見つけ出すといった、本好きによく見られる習慣には適さないのです。
ではどうすればいいのでしょうか。本屋の店内という場の代わりになるものが必要、ということで注目されているのがソーシャルリーディングなど読者同士が情報や評価を共有する仕組みです。読書端末からFacebookやTwitterに感想を書き込んだり、読書ソーシャルコミュニティとの連携機能を備えるなどアマゾン社をはじめ各社ともソーシャル機能は強化しています。
ただし、本を読むという行為はあくまで個人的な作業であり、ソーシャルな要素と必ずしもマッチするとは限りません。他人の好みには興味がなく、ひたすら作品の世界に没入したい、作品と一対一の関係を深めていきたいという読者も多いはずです。
2012年9月に米アマゾン社は電子書籍を連載形式で配信するサービス「Kindle Serials」を開始、2013年10月には日本でも「Kindle連載」という名前でサービスが始まりました。このサービスは、雑誌連載のように連載スケジュールが決まっていて、購入すると1冊の本がエピソード単位に分けられ定期的に連載の形で配信されるというものです。
雑誌の連載などと違うのは、配信されたデータは複数に分かれてしまうことなく、その時点までが常にひとつの本としてまとめられるという点です。また、購入した時点で配信済みのエピソードはまとめて配信され、後は最後のエピソードまで定期的に自動配信されます。
小説の場合、雑誌や新聞で連載したものを単行本として発行するという形は珍しくありません。連載で一部を読んで興味を持ち、次の号をワクワクしながら待ち望んだり、読み逃した回が読みたくて単行本が出るのを首を長くして待っていたという話もよく聞きます。そういった連載物のワクワク感といった特徴を電子書籍でありながら再現する、というのがこのサービスの本質でしょう。
もちろん、どうせならまとまってから読みたいという人には、このサービスの意義は理解できないかもしれません。
なお、電子書籍の連載配信は、2000年にホラー小説の巨匠スティーブン・キングが『The Plant』という小説で試みる(この試みは著者自身が作品を販売・配信するということでも話題となった)など、これまでも行われてきましたが、Kindle連載の特徴は各号をその都度購入するのではなく、いったん購入すれば後は追加の支払いなしに自動的に連載が配信される、つまり文字通り「連載を買う」というところにあります。
米アマゾン社は、2013年11月からKindle Firstというサービスも開始しています。これは翌月発行予定の電子書籍のうち、アマゾン社の編集者が選んだ数点から1点だけ1.99ドルという破格の価格で購入することができる(Amazon Primeメンバーは無料)というものです。
事前に話題の作品を読んでもらうことで、発行前から読者レビューなどを盛り上げることが目的でしょうが、アマゾンのランキングで売れ行きが大きく変わることを考えるとかなりの効果が予想されます。
これまで、商業出版といいながら出版社は出版物の販売促進をあまり重視してきませんでした。本をいかに売るかというのは、本を好きな人たちが集まる書店という場に委ねてきたわけです。電子書籍時代になり書店をあてにできなくなったことで、インターネットを駆使した販売促進方法がきわめて重要な意味を持つようになってきました。電子書籍が普及していくにつれて、今後もさまざまな手法が考え出されていくことでしょう。
(田村 2013.11.18初出)
(田村 2016.11.7更新)