電子書籍とISBNコード
ISBNコード
本屋で売られている書籍には、バーコードとともに、ISBNという文字で始まる番号が付けられています。この番号を「ISBNコード」といい、書籍を管理するための世界共通の仕組みに則って運用されています(ちなみにバーコードは「書籍JANコード」といい、ISBNコードに価格とジャンルの情報を組み合わせたもの)。
ISBNコードは、ISBNのあとに数字で「978」、さらにグループ(国・地域)番号(日本は4)、出版社番号、書名番号、の合計12桁の数字を並べ、最後にこの12桁の数字を特定の計算式で演算して得た1桁のチェック用の数を付け加えたコードです(以前は10桁の数字のコードだった)。
出版社が書籍を発行する場合、まず、各国のISBN管理団体(日本は日本図書コード管理センター)に申請して出版社番号を得ます。出版社番号と書名番号は合わせて(日本の場合)8桁と決まっており、書籍の発行点数が多い大手出版社ほど桁数の小さな出版社番号をもらう必要があります(たとえば岩波書店は00、講談社は06、新潮社は10、など)。2桁の出版社番号であれば、書名番号は6桁となり、最大で100万点の書籍にISBNコードを付けることが可能です。逆に、7桁の出版社番号をもらった零細出版社は、書名番号が1桁しかないため、10点の書籍しか発行できないことになります(もちろん、出版社番号は追加でもらうこともできる)。
ISBNコードは国際規格となっていますが国家や国際機関が管理しているわけではありません。登録しなければならない法的義務があるものでもなく、取得の費用も掛かりますが、現在の日本ではISBNコードを元にした書籍JANコードが付いていないと一般的な出版流通で扱われないため、ほとんどの書籍に付けられています。
一般読者にとって、ISBNコードの必要性を感じることはあまりないかもしれません。書店で本を注文するにしても図書館で本を探すにしても普通は書名や著者名、出版社名を使うでしょう。一方、書籍を流通・管理する側にとって、ISBNコードはなくてはならない存在となっています。
現在、書籍の流通・管理は表紙やスリップなどにあるバーコードの読み取りによって行われています。このバーコード(書籍JANコード)はISBNコードを元に作成されているわけですから、ISBNコードがないと流通や管理そのものが支障をきたしてしまいます。
ISBNコードは、国番号と出版社番号、書名番号で作られています。日本は国番号が1桁なので必然的に出版社番号と書名番号が合計8桁になり、最大で1億点までの書籍の登録が可能ですが、実際には出版社によってロスがかなり出ます。
たとえば、5桁の出版社番号を持っている会社であれば1000点の出版物を登録できますが、もう出版活動をほとんどしなくなり半分以上の番号が余っていたとしても、この出版社番号はその出版社に割り当てられたものですから、その出版社が本を出さないかぎり使われることはありません。また、出版社が新たに誕生すれば出版社番号を割り当てることになりますが、出版社番号の数にも限りがあります。
実際、21世紀に入るとISBNコードの枯渇が現実のものとなり、10桁のISBNから13桁に移行することになりました(10桁の前に書籍用として978と979のコードが割り当てられることで番号総数は2倍になる)。ただし、それでも十分ではありません。電子書籍の普及によってさらなる問題が生じてきたのです。
電子書籍用にはISBNコードが必要か
ISBNコードは、出版物を特定、管理するための仕組みです。そのため、内容が同じであったとしても出版社が違ったり、あるいは本の構成や製本の違い(たとえば単行本の後で文庫本を出すなど)などによって、別のISBNコードを付ける必要が出てきます。たとえば夏目漱石の『吾輩は猫である』は、岩波書店の全集上製本(2002年発行)が「ISBN4-00-091801-X」、岩波文庫本(1990年発行)が「ISBN4-00-310101-4」、文藝春秋の文春文庫本(2011年発行)が「ISBN978-4-16-715805-7」です(2007年以前は10桁のISBN)。
つまり、内容が同じであっても出版社や体裁、判型などの形が変わればISBNコードも違うものになるわけです。版が変わればISBNコードも別になる、と考えれば分かりやすいかもしれません。
では電子書籍の場合はどうでしょうか。ISBNコードを統括する国際ISBNエージェンシーは、電子書籍も紙の本と同じようにISBNコードで管理することを主張しており、ISBNコードの電子書籍への適用について指針を公開しています。
それによると、電子書籍の場合、データのフォーマット(EPUB、PDF、MOBIなど)が違えば異なるISBNが必要になります(もちろん紙とは別でなければならない)。
同じフォーマットかつ同じデータであればISBNも1つですが、同じデータでもDRM(デジタル著作権管理)が違ったり、OSやデバイス限定のバージョンであればISDNも変えなければなりません。さらに、DRMの内容しだいではISBNを切り替える必要も出てきます。DRMの設定によって、たとえばプリント可能のバージョンとプリント不可のバージョンが作られれば、ISBNコードも2つ用意しなければならないのです。
要するに、販売される時点においてまったく同じデータかどうかということがポイントだと言うことでしょう。
現在、電子書籍市場ではAmazonのKindle Storeがトップシェアを持つと言われていますが、Kindle Storeで販売される電子書籍のフォーマットはKF8と呼ばれるもの。一方、楽天Koboなど多くのサイトではEPUBが主流になりつつあります。ただし、販売時点では独自フォーマットになるにもかかわらず、Amazonへの入稿データとしてはEPUBが使われています。また、他のサイトで扱われているEPUBもサイトごとにそれぞれDRMが異なるため、販売時点では同じフォーマットとみなされないことになります。
つまり、入稿時点ではまったく同じデータでありながら、販売する時点で異なるフォーマットになるわけです。これは出版社(および電子取次)からすると非常にやりにくい話です。
出版社が、同じ電子書籍データを作ったにもかかわらず各販売サイトごとに異なるISBNコードを付けたデータを納入しなければならないというのはかなり面倒です。しかも、ISBNコードの取得はただではなくコストも掛かるのです。第一、同じ内容でほとんど同じ体裁の電子書籍なのにISBNコードが違うというのでは、読者が検索したり情報を管理するにも不便でしょう。
さらに、このまま電子書籍が普及していくと、せっかく増えたISBNコードもあっという間に枯渇することになります。アメリカでは一般人が自分で本を出版するセルフ出版が電子書籍のおかげで急速に広まっており、いまや点数的にも売り上げ的にも大手出版社が一目おく存在となっています。日本でも、Kindle Store開設と同時にセルフ出版サービスKDPが始まり、一般人の出版意欲も高まりつつあるようです。このままでは書籍点数の急激な増加は避けられそうもありません。
実は、日本ではこれまで電子書籍にISBNコードを付けないというのが一般的でした。これは、ISBNコードのもともとの役割である流通・管理面でのメリットが、電子書籍の分野においては十分ではなく、つける意味がないからでしょう。たとえば印刷本であれば街の書店での支払い時にバーコードが使われます。しかし電子書籍の売り上げは販売サイト個々のシステムで管理されており、あえてISBNコード(バーコード)をデータに付加する必要はないのです。
もちろん、販売サイトと出版社あるいは電子取次の間、および電子取次と出版社の間では何らかの識別コードが必要でしょうが、ISBNコードでなければならないわけではありません。ISBNコードが広く使われるようになった理由として、バーコード化されたため管理が非常に楽であるという点があげられます。しかし、そもそも完全デジタル化されている電子書籍の販売でそういったメリットはありません。
結局のところ、電子書籍に求められる機能を提供できていないからISBNコードは使われないわけです。ただし、管理用の書籍統一コードが要らないわけではなく、むしろ電子書籍が普及し、環境が整備されていけば間違いなく必要になってくるはずです。その場合は、数に限界がなく、また、データフォーマットの細かな違いを識別しながら、同じコンテンツ同士を簡単に参照できるような仕組みが求められるでしょう。
(田村 2013.9.17初出)
(田村 2016.11.7更新)