段落一字下げを考える
段落の区切り
日本語の組版を考える場合、段落をどのように組むかということはとても重要な問題です。たとえば、段落の区切り目がきちんと分かるようになっていなければなりません。文章の段落がどこで区切られているかを簡単に識別できるかどうかは、文章の構造を把握し、文意を正しく理解することにも大きな影響を与えるのです。
では、こういった場合にどういった組み方をすればいいのでしょうか。段落の区切り目を表現する場合、まず使われるのは改行です。行を改めることで段落が変わったことを示すわけです。しかし、ただ改行しただけでは段落の区切り目かどうか分からないケースもあり、十分とは言えません。他の行末と同じ位置で文が終わっていた場合、段落が変わったために改行されたのか、たまたまそこで文が終わったのか判断が難しいからです。
そこで、日本の印刷物では段落の頭を一字下げにするという表記法がよく行われています。この表記法がいつから行われているのか私には分かりませんが、江戸時代の文献などを見ると、段落先頭の字下げはあまり一般的ではなく、段落の切れ目をはっきりさせる場合でも、行を若干空けるやり方のほうが多いように思います。
そもそも日本語の文章には段落という概念が希薄であり、改行もなしにだらだらと続いていくような文章も珍しくありませんでした。段落の区切りを際立たせる組版が日本でなかなか発達しなかったのは、このような言語文化の背景があったと考えることもできるでしょう。
一方、欧米では、“パラグラフ”は文章における重要な構成要素と考えられており、段落の区切りをはっきりさせるために、段落の間を空けたり、段落の先頭を下げる組版が早くから行われていました。段落の頭を一字下げる現在の表記法は、明治以降に活版印刷物が普及する段階で取り入れられ、ルール化したのかもしれません。
最近は、Webや電子メールなどモニタで行間の詰まった文章を読むことが多くなり、一字下げよりも段落の判別がしやすく、行間の狭さも緩和できる一行空きが増えていますが、印刷物ではいまだに段落先頭の一字下げが主流です。
全角スペースと一行目インデント
ここで、段落先頭の一字下げを行う場合にどのようなやり方があるのか考えてみましょう。まず初めに考えつくのは全角スペースを使うという方法です。
段落の終わりに改行したら続いて全角スペースを入力し、それから文を書き始める。この方法のメリットは、組版ソフトを使って実際に文章を組む前、ワープロソフトやエディタで原稿を入力する段階で処理が行えるという点です。テキストデータの状態ですでに字下げが行われているわけですから、組版ソフトにテキストを流し込んだだけで段落先頭一字下げの組版が出来上がります。
一方、デメリットとしては、全角スペースが必ずしも正確な一字下げにならない場合があるということが挙げられるでしょう。全角スペースそのものは確かに全角一字と同じ文字幅を持っているのですが、ジャスティファイ処理された行だと文字間隔が可変するため、先頭の文字の位置が正確に二字目にくるとは限らないのです。
この問題を解決する方法としては、インデント機能を使うやり方があります。インデント機能は段落の字下げを自動的かつ正確に行う機能で、レイアウトソフトには必ず備わっています。たとえばInDesign(インデザイン)の段落パレットには、「左/上インデント」「右/下インデント」「一行目左/上インデント」という三種類のインデントがあります。このうち、「一行目左/上インデント」が段落先頭のインデントを行う機能です。この欄に文字を下げたい数値(たとえば12級の文字であれば3mm)を入力すると、選択されている段落の先頭が正確に下げられます。
インデント機能を使えば、ジャスティファイに左右されず正確に字下げを行うことが可能ですし、InDesignであれば設定も簡単なので使いにくくはありません。ただし、実際にはこの方法よりも全角スペースを使うやり方のほうがはるかに一般的のようです。
ではなぜ一行目インデントはあまり使われないのでしょうか。最大の理由は、原稿のテキストデータですでに全角スペースが入っているからだと思われます。段落先頭に全角スペースが入っている場合、全角スペースを使った字下げならそのまま流し込むだけですが、一行目インデントだと段落先頭のスペースを取る作業が必要になります(ちなみに一括置換する場合、字下げ以外の目的で入っている全角スペースまで削除しないように注意しなければならない)。
では、テキストデータの段階で全角スペースを使わないようにすればいいかというとそうとも言えません。全角スペースには組版指示の側面もあるからです。
段落先頭は一字下げが一般的と言っても、すべての段落が一字下げだとは限りません。ある段落に限り段落先頭の字下げでない組み方をしたいということもあるわけです。そういった指示をテキストデータで伝えるには、全角スペースの有無が効果的なのです。実際、他の人が書いた原稿を編集する際、筆者の意図を汲み取るために段落先頭の全角スペースの有無がカギになることも少なくありません。
それでは、全角スペースを使って正確な字下げを実現するにはどうすればいいのでしょうか。字下げが正確にならない原因がジャスティファイによる文字間隔の変動であれば、正確にするには文字間隔を固定させればいいということになります。
InDesignには「文字組みアキ量設定」という機能があります。この機能で全角スペースと文字の間隔を「0」に固定すれば、ジャスティファイによる文字間隔のズレは、一応解決することができます(ただし完璧ではない。また、段落先頭だけでなく、文中の「!」や「?」の後のスペースも影響を受ける)。
なお、段落全体を字下げさせる場合、原稿テキストでは各行の先頭にスペースを入れて字下げの形にしていることがあります。この場合は、仮に組版ソフトに流し込んでピッタリ字下げの状態になったとしても、修正で文字数が変動すると面倒な処理が必要になるので、スペースを取り去ってインデント機能を使うべきです。
(田村 2006.11.27初出)
(田村 2016.5.25更新)