InCopyの可能性
先割りレイアウトの原稿作成
雑誌のような出版物では、原稿が揃う前にレイアウトを先に作っておくというやり方をとることがよくあります。これを先割りレイアウトと言います。写真などのスペースや文字のサイズ・組版なども確定していれば、必要な文字の量も必然的に決まってきます。
この場合、原稿を書く編集記者やライターは、レイアウトからテキストが入る文字数を割り出し、それに合わせて文章を書くことになるわけです。ただし、割り出した文字数を守って書いたとしても、それでレイアウトにぴったり納まるとは限りません。
たとえば、レイアウトのテキストのスペースを数えたら1000文字分あったとします。ワープロソフトで文字数をチェックしながら原稿を書けば、1000字ぴったりで原稿を作ることもそれほど大変ではありません。
ところが、書き上がっていざレイアウトに流し込んでみると、一行に入る文字数がどれくらいか、原稿に改行がどれだけどこに入っているかなどによってテキストが入るスペースは変わってくることに気が付きます。細かく言えば、禁則処理によっても行数が変わる可能性はあるわけです。まして、プロポーショナルな文字詰め機能を使って文字間を詰めていた場合は何文字必要なのかは流し込むまで誰にも分からないというのが実際のところです。
そのため、先割りレイアウトで割り出された文字数を正確に守って書いた原稿であっても、通常は、レイアウトデータに流し込んでから、さらに文章を編集して文字数を調整する必要があるのです。
言うまでもなく、原稿を書いたり編集するのは編集者やライター、レイアウトソフトでデータを流し込んだり修正するのはオペレーターの役割です。原稿が出来上がってからテキストが確定するまでに、編集やライターがオペレーターにテキストを渡し、オペレーターがテキストを流し込み、レイアウトゲラを出力、そのゲラで編集やライターが文字数を確認しながら赤字を入れ、さらにオペレーターが修正するという手順を踏まなければなりません。
これは、考えてみれば無駄の多いワークフローです。はじめから入る文字数が正確に分かっていれば、原稿を作る段階できちんと文字数を調整しながら書くことで、後の手間を省くことができるのです。時間が限られる雑誌などの現場では、この手間がなくなることでかなり余裕ができるはずです。
レイアウトを確認しながら執筆・編集するソフト
Adobe Creative Suite 2と同時に発売されたAdobe InCopyは、こういった編集者やライターがレイアウト上の文字数などを確認しながら原稿を作るためのソフトです。
InDesignで作ったレイアウトデータに合わせてInCopyで原稿を作る場合、まず、オペレーターはInDesignドキュメント上で原稿を書いてもらいたいテキストフレームを選択し、アサインパレットを使って「アサイン」ファイル(拡張子はinca)とInCopy Interchange Document(拡張子はincx)ファイルを書き出します。
アサインファイルは、InDesignのレイアウトをそのままInCopyで再現するためのレイアウト情報が含まれたファイルです(ちなみに「アサイン」とは“割り当てる”という意味)。また、incxファイルは、InDesignでアサインした、InCopyで入力するテキストフレームについての情報が含まれたファイルで、この二つのファイルは連携しています。
InDesignから書き出されたこの二つのファイルを編集者やライターに渡し、編集・ライターがアサインファイルをInCopyで開くと、レイアウトがそのまま再現され(画像も再現できる)、指定されているフレームにテキストや画像を入力できるようになります。
InCopyには、「ゲラ」「ストーリー」「レイアウト」という三つの編集モードがあります。「ストーリー」は通常のテキストエディタと同様の画面ですが、「ゲラ」は実際の改行位置を反映した画面、「レイアウト」は実際のレイアウト画面を再現したものです。入力した文字数や行数、フレームにあとどれくらい入力できるかなども表示することができます。
InDesign上で設定した文字組みはInCopyにそのまま引き継がれ、スタイルや属性も同じように利用可能です。文字詰めなどの処理はInDesignと全く同じに行われるため、InDesignに持っていっても行数などが増減することはありません。つまり、原稿を作るライターが実際の組版を確認しながら入力することができるというのがこのInCopyの最大のメリットなのです。
InCopyで入力したincxデータは、InDesignで元のファイルを開いて更新すると自動的に読み込まれます。複数のユーザーに別々のアサインデータを入力させ、集まった原稿を一気に取り込むといったことも可能であり、1つの記事を複数のライターが担当する雑誌のような制作に威力を発揮するはずです。
なお、InCopyは、InDesignから書き出したアサインデータがなくても、ワープロ的な使い方もできます。画像はテキストにインラインで配置することもできるので、ライターがラフデザインを考えながら原稿を作り、制作に渡すといったワークフローでも利用できるでしょう。
雑誌のように、制作と編集・ライターが頻繁にやり取りしながらレイアウトを作っていくワークフローで、いわばレイアウト済みの原稿を編集・ライターが作ることができるInCopyは、作業効率を改善するツールになるはずです。
ただし、編集やライターにとって、原稿を作るためだけにわざわざInCopyを購入しなければならない(Creative Cloudの単体プランで年間2万6千円程度)というのはつらいかもしれません。日本でInCopyが普及するためには、編集やライターにとって単なるInDesign用のテキスト入力ツールというだけでないさらなる魅力的な機能がこれから求められるのではないでしょうか。
(田村 2007.1.29初出)
(田村 2016.5.26更新)