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電子書籍の囲い込みは可能か

電子書籍の囲い込みは可能か

波紋を呼ぶApp Storeの方針

iPadの発売以来、電子書籍市場においても存在感を増したアップル社。一方iPadやiPhoneで雑誌や新聞を配信する場合、1号ごとにアプリとして作り、アップルのApp Storeで配布するというのが一般的でした。もちろん、EPUBやPDFで作ればiBooksなどの汎用リーダーアプリでも読めますが、雑誌のような複雑なコンテンツはEPUBでは難しく、PDFだと版面が固定されるなど電子書籍のメリットが打ち出しづらくなります。

出版社が独自のアプリを作る場合、毎号いちから作らなくてもすむようにアプリを作り込んで定期購読もできるようにしようと考えるのが普通です。特に欧米の雑誌の場合、定期購読は大きな比重を占めており、そのニーズは大きかったようですが、実はある時期までアップル社は定期購読を認めていませんでした。

雑誌の場合、その収入源のかなりの割合を広告で得ています。定期購読者の情報は広告を獲得する上でもきわめて重要ですが、それができないというのが欧米の雑誌出版社にとって大きな不満となっていたのです。

2011年2月16日、アップル社はApp Storeで販売する雑誌や新聞などの定期購読サービスを発表しました。その内容は、App Storeで定期購読サービスを提供する場合、アップル社は定期購読を含む料金の30%を手数料として徴収するというものでした。

雑誌出版社にとって待ちに待ったと言えるサービスですが、当の出版社の反応は微妙なものでした。問題になったのは定期購読料金の30%をアップル社に持っていかれるという点です。

それまでも電子雑誌アプリをApp Storeで販売する場合、その売り上げの30%をアップル社が徴収していました。ただし、定期購読の場合、購読料は定価よりも大幅に安くするのが欧米では一般的であり、購読料全体から30%が差し引かれるとなると、従来のモデルでは破綻するケースも出てきます。

もちろん、App Storeを介さずに自社のサイトで定期購読者と契約することができればアップル社に30%を差し引かれなくてもすみます。アップル社の声明では「アップルが招き入れた新規購読者はアップルが売り上げの30%を得る、パブリッシャーが招き入れた場合はパブリッシャーが100%手にする」としており、一見するとそれほど問題ないようにも思えます。売り上げの30%をアップルに差し出すのが嫌なら自社サイトで定期購読の手続きをしてもらえばいいからです。

しかし、現実にはこのApp Storeを使わない仕組みが活用されることはほとんどありませんでした。なぜなら、このサービス契約はApp Storeが一方的に有利な条件になっているからです。

契約の条件では、出版社はApp Store以外の定期購読サービスで販売してもいいものの、必ずApp Storeで配布するアプリ内部でも提供し(外部システムではなくApp Storeの提供するシステムを使う)、かつApp Storeのサービスが最も有利な条件にならなければなりません。具体的に言うと、価格はApp Storeのものが最低でなければならず、また、アプリ以外の場所で契約した購読者に対しては、アプリ内に独自の認証プロセスを用意しなければなりません。また、今後は購読者をアプリ外部に誘導してコンテンツや定期購読を購入させるようなリンクをアプリ内に設置するのは禁止されることになりました。

利便性ということを考えると、アプリ内で定期購読の手続きができるほうが便利に決まっています。しかも、価格も最も安いことが保証されているわけですから、わざわざ手間のかかるApp Store以外の方法で購入してもらうというのはかなり難しいでしょう。

つまりアップル社としては、App Store以外の方法を容認することで、同社がその立場を利用して一方的に高額な手数料を搾取しているという批判をかわしつつ、結果として同社が総取りできる状況を作ることを狙っていると思われます。

App Storeをめぐっては、雑誌の定期購読だけでなく書籍に関しても同じような問題が浮上しました。

アマゾンのKindleやバーンズ&ノーブルのNookを相手に苦戦していたソニーは、KindleやNookと同様にReaderをソフトとして各プラットフォーム向けに無償配布する作戦を展開しようとしていましたが、iPad・iPhone向けアプリのApp Storeでの配布を拒否されるということがありました。

ソニーのReaderアプリのどこが問題だったのか詳細は分かりませんが、どうやらアプリ外での購入機能が引っ掛かったようです。New York Times紙によると、アップル社は、アプリ外で書籍を購入する仕組みを提供するのであれば、アプリ内で(つまりApp Storeを通して)購入する仕組みも用意するべきだと表明しました。さらに、App Storeを通さない外部での課金そのものを排除する意向を関係者に通達していたとの情報もあります。

このルールが報道された通りだとして、それがそのまま厳格に適用されたとすれば、KindleやNookのように、アプリそのものはApp Storeで無料配布し、コンテンツは別に自社サイトで販売するというサービスはすべて再考を余儀なくされることになります。

オープンシステムかクローズドシステムか

アップル社のこの方針のようなやり方は、電子書籍だけでなく、音楽、動画などあらゆるコンテンツ配信サービスに影響を及ぼすものであり、動き次第で重大な問題になります。

もちろん、iPadはアップル社の製品であり、同社のシステムをどのように運用しようが傍から文句を言う筋合いはないという考えもあります。ただし、iPadが登場した時によく言われた「無限の可能性をもたらす」「革命的なデバイス」などといった謳い文句を思い出すと違和感がぬぐえないのも事実です。

すべてを自社のシステムに組み込み、一元的に管理するというのは、セキュリティを確保し、課金などユーザーの利便性を高めるという良い側面もあります。しかし、いまや世界中の人々に普及されようとしているシステムで行われる活動のすべてを一企業が囲い込み管理するというのはやはり尋常ではありません。

パソコンの世界でマイクロソフトはOSを支配し、そのことで多くの批判を受けましたが、同社はWindowsにインストールできるソフトを選別したりしませんでしたし、ましてやパソコンを経由して提供される各種サービスの課金システムに口を出すなどということもありませんでした。

仮にiPadが世界的に普及し、パソコンにおけるWindowsのような立場になったとします。アップル社はOSやハードだけでなく、配信・配布と課金システムを一手に担うことでコンテンツ作成者やサードパーティ企業すべての生殺与奪の権すら握ることになるわけです。App Storeでの配信はアップル社が審査して決めることになっており、そこでリジェクト(不採用)されるアプリやコンテンツは今も少なくないのです。

もっとも、そうなると独占企業を監視する欧米各国の当局が黙っていないでしょうし、今のところiPadの独壇場となっているメディアタブレット市場も、各社のデバイスが続々と登場してくることでiPadの比重が下がってくるのかもしれません。

なお、iPadの対抗馬として最有力と目されるAndroid OS搭載タブレットのアプリ市場は、閉鎖的なApp Storeと対照的にオープン過ぎて安全性や利便性が損なわれる危険が指摘されています。一方、電子書籍の世界ではKindleが圧倒的なシェアを誇っており、今後も欧米ではしばらくこの状況が続くでしょう。

iPadやKindleのようなクローズドなシステムとAndroidのようなオープンなシステムのどちらが良いかは一概に言えませんが、いずれにしてもしばらくは各システムが覇権をめぐってさまざまなジャンルでぶつかることになります。

(田村 2011.3.7初出)

(田村 2016.11.7更新)

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