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なぜKindleは売れるのか

なぜKindleは売れるのか

いよいよ紙を抜くKindle

2011年1月27日、米アマゾン社は2010年第4四半期の売り上げが100億ドルを突破したこと、そしてKindle Storeの電子書籍販売数(無料本を除く)がついにペーパーバック(日本の文庫・新書本にあたる)を抜いたことを公表しました。Kindle booksは、2010年第2四半期にはすでにハードカバーの販売数を抜いており、ペーパーバック超えも時間の問題と見られていたわけですが、今年第2四半期という同社の予想よりも半年早く達成したことになります。

同社のプレスリリースによると、この年初以来ペーパーバック100冊に対し115冊のKindle booksが販売されており、ハードカバーとの比較では3倍にもなるとのことです。仮にハードカバーを基準にすれば半年でKindleの売り上げは3倍になった計算になり、また現時点でハードカバーとペーパーバックの合計数の4分の3以上に達しているということから考えて、今年の比較的早い段階で電子書籍の販売数が紙の書籍全体を抜くのも確実でしょう。

しかも、同社によるとペーパーバックも売り上げが伸びている中での数字だということですから、アマゾンの電子書籍がいかに猛烈な勢いで売り上げを伸ばしているかが窺われます。

Kindleの華々しい成功を見るにつけ、昨年大きな注目を集めたにも関わらずその後の状況がイマイチぱっとしない日本では、アメリカの電子書籍が成功したのは「紙の本が高い」から、あるいは「書店が近所にないことが多い」から、「英語は日本語ほど組版品質にこだわらない」から、などといった要因のためであり、日本では事情が異なるのでうまくいかないのではないか、という声も上がっています。

確かにアメリカと日本では出版をめぐる状況はかなり異なっており、紙の本に対する電子書籍のメリットも同じではありませんが、アマゾンでペーパーバックの売り上げを抜いたという事実が持つ意味は小さくないでしょう。

ここでは、あらためてKindleの仕組みを分析し、日本の電子書籍市場を立ち上げるにはどうしたらいいか考えてみます。

第一のカギは品揃え

アメリカの書籍は日本に比べて高いと言われます。ハードカバーは定価で30ドル近くするし、ペーパーバックも十数ドルというのが普通です。ただし、再販制度がないので値引き販売が一般的であり、Amazon.comを見てもペーパーバックが10ドル以下で売られていることが珍しくありません。Kindle booksの多くが10ドル前後で販売されていることを考えると、ペーパーバックとの価格差は思ったほど大きくないようです。

日本にあてはめて考えてみましょう。電子書籍が10ドル≒820円(2011年2月当時のレート)で販売されるとします。これだとハードカバーや並製の単行本と比べれば安く、文庫本相手だと高めという感じです。装丁のない電子書籍は、一般的なイメージとしては文庫本をさらにお手軽にしたというところでしょうから、文庫本より高いとなると魅力的に見えないかもしれません。では文庫本並みの価格で販売すれば売れるようになるのでしょうか。

確かに800円より500円のほうが手を出しやすいのは確実です。ただ、本を購入しようとしている人間にとって、その本を買うかどうかの一番の決め手は価格ではないでしょう。もちろん予算より大幅に高ければ手が出ないこともあるでしょうし、ノウハウ本など同じような内容の本が並んでいれば安いほうを選ぶということもあります。しかし、基本的には読みたいものがあれば買う、なければ買わないのです。

つまり、電子書籍であろうがなかろうが、読者が読みたいと思う本を提供することが本を売るためには最優先の課題だということです。その点がおろそかになっていては、いくら優れたデバイスがあっても電子書籍が普及することはあり得ません。

2011年2月現在、Kindle Storeでは80万点以上の電子書籍が販売されています。日本には100万冊以上の品揃えを誇る超大型書店がいくつもありますし、米Amazon.comでもこれよりはるかに多い点数のハードカバーやペーパーバックを扱っています。とはいえ、リアル書店でこれくらいの品揃えがあれば大型書店として十分通用するはずです。

品揃えということで言えば、話題の新作がどれだけ揃っているかというのも重要です。人気の高い作品でも発行されて時間が経つものはすでに読んだ読者も多いわけで、あらためて電子書籍で読もうとする人はそれだけ限られます。アマゾン社の2012年1月のリリースによると、New York Times紙のベストセラーリストにあるベスト112冊のうち107冊がKindle Storeで販売されており、さらにそのうち72冊は9.99ドル以下だということです。

紙と差別化する利便性

さて、読みたい本が提供されているとして、次に重要なのは購入しやすさでしょう。いくら書店に本があってもそこに行かなければ購入できないというのは不便です。最近はインターネットで注文できますが、届くまでに何日もかかるのはやはり面倒です。Kindleはボタンひとつで直接書店サーバに入り、ボタンひとつで直接ダウンロード・購入することができます。いつでもどこでも買いたいと思った時にその場ですぐ買って読めるというKindleの仕組みは、利便性という点で紙の本に対しても大きなアドバンテージがあります。

ちなみに、パソコンの専用ソフトでダウンロードし、USBケーブル経由でデバイスに移さないと読めないソニーのリーダーは論外ですが、シャープが開発したGALAPAGOSメディアタブレットやSH-07Cは直接ダウンロードが可能となっています(2011年2月当時)。

電子書籍は電子データとしてのみ存在するため、デバイスの故障や操作ミスによって文字通り跡形もなくなってしまう危険があります。せっかく買った書籍データでも、消えてしまうともう一度買わなければならないというのでは、読者にとって大きな懸念材料になります。また、デバイスを買い換えるたびにデータを移さなければならないというのも面倒です。

Kindleでいったん購入した書籍は履歴がいつまでも残っているため、デバイスからデータが消されても何度でも無料ですぐダウンロードできます。もちろん、デバイスを取り替えた場合も同じです(デバイスの登録は必要)。Kindleは専用読書端末というハードウェアとしてだけでなくさまざまなデバイス用のソフトとして無償提供されているので、いったん購入した本はたいていのデバイスでそのままダウンロードして読めます。これは現代のユーザーにとってかなり大きなメリットではないでしょうか。

ここまでKindleの成功に寄与したと思われる特徴を見てきましたが、やはり品揃えと利便性が大きなポイントだということになるでしょう。品揃えに関しては出版社の動向次第ですが、利便性を高めるためには、電子書籍を販売する会社がどこまでひとつのシステムとして構築できるかという点がカギになってきます。

2010年来、電子書籍配信事業においてデバイスメーカー、印刷会社、通信会社などの提携が相次いで発表になっています。これは、電子書籍販売事業のシステム構築にそれだけの企業が関わらざるを得ないということでもありますが、対等の立場での提携はかえって事業目的をあいまいにしかねません。アマゾンの例を見ても分かるように、読者に直接相対する企業、つまり書店が、読者にベストと考えるシステムを構築するというほうが普及の可能性はあるように思われます。

(田村 2011.2.28初出)

(田村 2016.11.7更新)

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