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電子書籍に求められるもの

電子書籍に求められるもの

iPad vs. Kindle?

今年(注:2010年)の出版界十大ニュースに間違いなく入ってくるであろう電子書籍ブーム。それまで縁がなかった一般人にも電子書籍の存在を知らしめることになったきっかけは、やはり4月(日本は5月)のiPad発売だったのではないでしょうか。これまで何度も取り上げてきた電子書籍ですが、iPadが登場して半年が経った今、あらためて考えてみたいと思います。

iPadが登場したとき、多くの人はその美しさに魅かれ、その洗練された操作性にコンピュータの未来を感じたようです。コマーシャルが連日伝え、テレビニュースですら頻繁に取り上げたこのデバイスには確かに人々を夢中にさせる何かがありました。

アップル社は、iPadを売り出す際にそのメリットとして電子書籍を前面に押し出しました。iPadは動画や音声などマルチメディアに強いコンピュータですが、iPhoneやiPod touch、PC、あるいはテレビなど多くの強力な競合相手がいる分野より、電子書籍のほうがアピールしやすいと考えたのかもしれません。実際、動画や音声を含む凝ったデザインの雑誌を美しい画面で見せられると、それだけでふだん本を読まない人にも面白そうだなと思わせる効果がありました。

鳴り物入りで登場したiPadの電子書籍アプリiBooksとその配信サービスiBookstoreですが、現在のところ日本語の書籍はほとんど販売されていません(2013年より販売開始)。日本語の書籍を購入したいのであれば、iBooks+iBookstore以外のサードパーティ製アプリによる配信くらいしかないというのが現状です。いくら電子書籍をアピールしても、コンテンツがなければ絵に描いた餅にすぎないわけです。

アメリカ本国では、iBookstoreもある程度のシェアを獲得しているようですが、それよりも注目すべきなのは、iPadの登場で大きな影響を受けると思われていたKindleが予想以上に健闘しているという点です。

多機能でスタイリッシュなiPadと比べると機能や見た目がいかにも貧弱で、iPadに対抗するには分が悪いと考えた業界関係者も多かったアマゾン社のKindleは、iPad登場後も好調を維持しており、2010年のKindleデバイスの売り上げは2009年の140%、Kindle storeでの電子書籍の売り上げは約2倍に達し、アマゾン社のシェアは76%になるという予測も出ています(Cowen and Co.のレポート。Los Angeles Times電子版による)。

このレポートによると、電子書籍の購入で最もよく利用するのは何かというiPadユーザーへの問いに対して、60%はiBooks経由のiBookstoreだと答えていますが、31%がKindle(iPad版)を最も使うとしており、さらに年間25冊以上の本を読むコアな読書家に限れば、44%がKindle on iPadを、47%がiBooksを選ぶというように数字が拮抗しています。

なぜ関係者の多くはiPad登場によってKindleが隅に追いやられると予想したのか、そしてKindleはなぜ彼らの悲観的な予測を裏切る実績を挙げているのか、そこに電子書籍成功のカギが隠されているようにも思われます。

デバイスの違い

デバイスそのものを見た場合、KindleはSony Readerなど多くの電子書籍専用デバイスと基本的には同じと考えていいでしょう。E Inkの6インチの電子ペーパーを使い、モノクロ画面ながら軽量かつきわめて省電力なデバイスです。異なるのは対応するフォーマットが、Kindle独自のフォーマットであるAZWのほか、MOBI、TXT、PDF、HTML、DOCなどで、電子書籍で標準とされるEPUBは含まれていないという点です。

現在の最新は第三世代Kindleで、3G+Wi-Fiをサポートする189ドルのタイプとWi-Fiをサポートする139ドルのタイプがあります(その他に9.7インチの大画面を備えたDXがある)。ちなみに3Gとは第三世代移動通信システムのことで、アマゾン社はKindleの通信費用を自社持ちでアメリカだけでなく世界中に提供しています。3G対応のKindleは、PCや電話回線などがなくインターネット接続環境が整っていない場所でも通信費不要で直接Kindle storeに接続して本を購入、ダウンロードできるわけです。

iPadとデバイスの性能で比較した場合、動画対応や画面の美しさ、機能の豊富さでKindleはiPadに太刀打ちできません。アプリケーションさえ用意すれば使い道は無限に広がるiPadに対して、Kindleはあくまで本を読むことに特化したデバイスなのです。

この点が、KindleはiPad登場によって打撃を受けるという説の根拠となっています。「単機能より多機能、モノクロよりカラーのほうがいいに決まっている」というわけです。

ただ、この意見はふだん本をあまり読まない人にしか通用しないものだったようです。私たちが本を読む場合、どういう点が気になるかを考えてみれば分かりますが、読書に集中したい時、メールや動画や音楽など余計な機能は不要であり、かえって邪魔に感じることが多いはずです。カラーかどうかも、文字中心の書籍を読むかぎりはほとんど気になりません。それよりも電車の中やちょっとした待ち時間でも読める携帯性や長時間読んでも疲れないといったことのほうがはるかに大切なポイントでしょう。

iPadは“携帯できる”デバイスですが“携帯に適した”デバイスではありません。むしろリビングでくつろいでいる時に眺めるためのデバイスというコンセプトです。重さや大きさ、目への負担、電池の持ちなどはKindleのほうが電子書籍用デバイスとして圧倒的に適しているのです。

一般的に見ると、読書端末としてだけを考えればKindleが有利であり、それ以外の用途を考えあわせるとiPadに分があるということになるでしょう。つまり、KindleかiPadかというのは、従来の読書を想定するか、電子書籍ならではの新たな読書体験を想定するかということでもあるわけです。言い換えれば、出版社が従来の読書とは根本的に違う何かをもたらすコンテンツを提供しない限り、iPadの優位性は(書籍の読書という面では)発揮できないことになります。

快適な読書を追求するシステム

iPadやKindleというと、どうしてもデバイスそのものに目がいきますが、実は(特にKindleの場合)デバイスよりもサービスの仕組みそのもののほうがはるかに重要な意味を持っています。

アマゾン社は、Kindleをデバイスとして販売するだけでなく、iPadやiPhone、Android、BlackBerry、Windows、Macintoshといった多くのプラットフォームに向けた無償のソフトウェアとしても提供しています。これこそが、アップルやソニーといったメーカーと本質的に小売業者であるアマゾン社が一線を画す部分です。

ソフトを無償で配ると、せっかくのデバイスが売れなくなる可能性があります。実際、Kindle Storeの利用者にはKindleデバイスは持っていないユーザーが少なくありません。このやり方ができるのは、アマゾン社がそもそもデバイスを売って儲けるメーカーではないからでしょう。

アマゾン社にとって、目的はあくまで「本を売ること」です。Kindle Storeの電子書籍は価格が安く抑えられておりデバイス販売による儲けのほうが現状では大きいとも思われますが、それでもアマゾンは「本を売る」会社なのです。

本をよく読む読者にとって、デバイスの良し悪し以上に重要なのは、時と場所を選ばず、時間さえあれば読める環境です。それを十分に理解しているからこそ、デバイスにこだわり過ぎず、どんなデバイスでもKindleの本を読めるという戦略をとったわけです。

さらに、複数のKindleソフト(Kindleデバイスを含む)を持っているユーザーにとって便利なのが、そのどれかで購入したデータは、他の環境のKindleでもそのままダウンロードして見ることができ、しかも、読み進んだページをそのまま表示できるという機能です(Whispersync機能)。

現代のユーザーは、パソコンや携帯電話など複数の電子デバイスを使いこなして生活しています。特定のデバイスを使う時だけ本を読めるというのでなく、どのデバイスを使っている時でもKindleの本は読めるというのは、こういった読者にとって何よりも大きなアドバンテージです。

電子書籍を成功させるには、デバイスの魅力はもちろんですが、それ以上にいかに読者のニーズをつかみ、応えていくかということが重要になってくるでしょう。その意味では、Kindle storeの日本でのサービスがいつ、どのような形で始まるかは、今後の電子書籍市場を左右するポイントになってくるはずです。

(田村 2010.11.1初出)

(田村 2016.11.7更新)

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