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iPad登場で電子出版はどこへ向かう?

ブレイクする電子出版市場

ブレイクする電子出版市場

Apple社が開発したiPadは予想通り日本でもメディアから大きな注目を持って迎えられ、販売も好調が伝えられています。Amazon社のKindleも遠からず日本市場に登場すると見られており、それに合わせて日本の出版業界でも新たな動きが出てきています。

講談社は先ごろ(2010年5月15日)出版されたばかりの京極夏彦氏の小説『死ねばいいのに』を、iPadやパソコンなどで読める電子書籍としてiPad発売と同時に配信し始めました。価格は紙の本(1785円)の約半額(900円。キャンペーン価格が700円)とかなり意欲的な価格であり、早くも波紋を呼んでいます。

また、2010年5月27日にはソニー、凸版印刷、KDDI、朝日新聞社の4社が電子書籍の配信事業会社の設立を発表、国内最大級の配信プラットフォームの構築を目指すとしています。なお、ソニーは米国で販売されている電子書籍端末Sony Readerの日本語版を年内に発売する予定で、端末とコンテンツを一気に展開させようというもくろみのようです。

雑誌や新聞についても、ソフトバンクグループが6月1日から開始した雑誌・新聞を定額料金で読めるサービス「ビューン」や、『GQ JAPAN』『じゃらん沖縄』『産経新聞HD』など、質量ともにまだまだとはいえiPad向けの出版物が提供され始めています。

さらに、講談社、小学館、新潮社など日本の大手出版社31社が集まって2010年2月に設立されたばかりの日本電子書籍出版社協会も、同協会が運営する電子書店「電子文庫パブリ」で販売する電子書籍をiPhone・iPod touchで閲覧するためのアプリを6月に、iPad用のアプリを秋に提供すると発表しました。電子文庫パブリでは1万点以上の書籍を販売しており、これによってiPadでもパブリの電子書籍が自由に購入・閲覧できるようになるわけです。

以前から電子出版を取材してきた者からすると、これまで試行錯誤しながら少しずつ普及してきた電子書籍市場が一気に表舞台に躍り出たという印象を受けますが、一般的にはむしろ、iPadという“黒船”に太平の眠りを破られた出版業界が、電子書籍の門戸を相手の土俵で否応なしに開放せざるを得ないところまで追い詰められつつあると見えるかもしれません。

日本での発売が2010年5月28日に始まってからは、連日のようにテレビでも取り上げられ(ちょっとAppleに踊らされすぎのようですが)、一般人への認知度も非常に高い状況を見ると、今後の出版業界を考える上でiPadの存在は無視できないほど大きなものになっているようです。

カギとなるiPadのアプリ

以前解説したように、iPad(の電子書籍アプリであるiBooks)がサポートする電子書籍用フォーマット「EPUB」の現バージョン(追記:当時はまだEPUB 2.0.1)には、ルビや外字、縦書きといった日本語用の仕様がほとんど定められていません。つまり、このままだと従来からあったドットブックやXMDFなどの電子書籍フォーマットに比べてもあまりに貧弱な読書環境しか得られないことになってしまうわけです。

ただし、iPadがEPUBドキュメントしか表示できないというわけではありません。むしろ、iBooks+EPUBは例外的(あるいは無料コンテンツ用)であって、商業出版物では基本的にiPad用に作られた各メディア専用のアプリでコンテンツを見るという方式が主流になりそうな状況です。

先に述べた京極夏彦氏の小説も「京極夏彦死ねばいいのにHD」というiPadアプリとしてapp storeから販売されています。京極氏といえば異体字やルビ、改行位置などをコントロールするため自分でInDesignを使って組版するほど表記にこだわりを持つ作家として知られていますから、EPUBではとても満足できないに違いありません(携帯電話にも配信されているが、これについては本人が「サービスであり電子出版とは一線を画すものと考える」と表明している)。

雑誌の場合も同様です。カラフルな画面で動画もサポート、インターネット経由で即応性も備えたiPadは、雑誌にとっても大きな可能性があると思われていますが、EPUBでは雑誌のビジュアルに凝ったデザインに対応するのが難しく、ましてインタラクティブなコンテンツなどにはとうてい対応できません(EPUBだと絶対に不可能というわけではないが、EPUBで用意される標準的な機能では難しい)。これではわざわざ電子出版で出す意味がないため、雑誌を提供する出版社はコンテンツだけでなくそれを表示するアプリのことも考えなければならないというのが現実です。

現在iPad用に提供されている雑誌は、先行している米国でもさほど多くありません。そのなかでも評価が高い『Wired』誌の場合、動画やイラストがふんだんに使われ、デジタル端末ならではのカラフルかつインタラクティブな凝ったレイアウトを実現しています。このWired誌は、Adobe InDesign CS5で作ったレイアウトをAdobe社が開発した「Digital Viewer technology」を利用してiPad用アプリに変換しているということです。

Adobe社はこの技術を使い、iPadだけでなくさまざまなデバイス上で雑誌や書籍、新聞といった電子出版物を提供するためのソリューション「Digital Publishing Platform」を年内に、iPad向けソフトだけなら夏にも提供を始めるとしています(利用にはInDesign CS5が必要)。

なお、Apple社のモバイル製品では、これまでもAdobeのFlashはサポート外でしたが、新しく改定されたSDK規約ではさらに、iPhone OS上のアプリは同社が承認する言語で記述されたものでなければならないという制約が加わりました。こういったことから、Wired誌も当初予定していた方法を断念し、Adobe社とともに新たな方法を模索、Digital Viewer technologyを使ってSDK規約に沿ったやり方を採用しなければならなかったようです。

要するに、iPadで出版物を提供するためには、アプリをどう開発するかということが重要なポイントになってくるわけです。これまで紙からWebへの展開を進めてきた雑誌出版社にとっては、FlashやAdobe AIRを使った誌面作りが許される環境へコンテンツを提供するほうがありがたいのかもしれませんが、電子出版においてiPadがメジャーになってくればそうもいかず、むしろWeb制作環境の見直しのほうが必要になってくるかもしれません。いずれにしろ、電子出版物の制作環境の構築という点に関しては今までとかなり勝手が違うことを覚悟しなければなりません。

発売されて間もないこともあってか、メディアがiPadを取り上げる場合、どうもその現実の姿と可能性とがごっちゃになってしまっているようにも思われます。我々としては、ブームに踊らされることなく、電子出版にとってiPadがどれだけのアドバンテージを持つのか、また、今後登場するであろうさまざまな電子デバイスの可能性はどれくらいあるのか、もう少し時間をおいてからあらためて考えてみることも大切なのではないでしょうか。

(田村 2010.6.7初出)

(田村 2016.11.7更新)

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