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電子書籍のゆくえ

電子書籍のゆくえ

電子書籍端末のブームが到来?

パソコンが普及し、あらゆるものがデジタルデータ化されてくると、それまで物理的な製品として売られていたものが、データとして流通するようになってきました。たとえば音楽は、これまで長い間レコードあるいはコンパクト・ディスクという形で販売されていましたが、最近はインターネットでのダウンロード販売が急速に拡大しており、CDの売り上げを抜くのも時間の問題のようです(追記:その後オンライン配信が急激にシェアを伸ばし、2015年には全世界におけるデジタル配信の売上げがCDを上回りましたが、日本ではいまだにCDが売上げの過半を占めています)。

同様に文章も、これまでは書籍や雑誌、新聞紙といった紙の印刷物で読まれるのが当たり前でしたが、現在ではテキストをそのまま、あるいはさまざまな形のデジタルデータに加工して販売・配信し、パソコンや携帯電話上で読むということも珍しくなくなっています。

ただし、音楽と違い、デジタルデータが印刷物を駆逐するような状況が目前に迫っているというわけではありません。出版業界は不況で本の売れ行きも芳しくないという話はよく聞きますが、これはデジタルデータのせいではなく、むしろ、携帯電話や音楽、ゲームなど、他の娯楽にお金や時間を奪われたことによる活字離れという傾向が指摘されています。

では、本は音楽と何が違うのでしょうか。まず、デバイスの問題が挙げられるでしょう。音楽の場合、何十年も前からイヤホンやヘッドホンを使い、携帯音楽プレイヤーで音楽を聴くというスタイルが一般的になっていました。もちろん、昔はカセットテープやCDを使っていたのですが、メディアが変わっただけで本質的な変化はなく、むしろ使い勝手が大きく向上したわけですから、万人に受け入れられたのも当然です。

一方、紙の本とパソコンや携帯電話のモニタの間には本質的に越えられない壁があります。本は画面サイズの割に軽く、折り曲げたりすることもできます。また、自ら発光するのではなく環境光を反射する仕組みであり、解像度も高く、文字や組版品質も高いため、長時間読んでも疲れにくく、電源も不要(ただし照明は必要)なのです。

つまり、現代の最新機器であるパソコンや携帯電話ですら、印刷された紙の本という極めて古い“デバイス”にある意味で追いついていないという事実こそ、本がいまだに存亡の危機を迎えていない最大の理由ではないでしょうか。

ところが、そんな本の優位性を揺るがしかねない製品がここにきて次々に登場しています。インターネット書店の最大手であるAmazon.comが2007年にアメリカで販売を開始したKindle(キンドル)はE Ink社の電子ペーパーを使った電子ブック専用端末ですが、バージョンアップとともにその普及は加速し、人気商品になっています。また、米ソニーや大手書店のバーンズ&ノーブルもそれぞれ独自の電子ブック端末を販売しています(追記:米ソニーは撤退)。

さらに、2010年の1月28日にはアメリカのアップル社がタブレット型コンピュータ「iPad」を発表し、出版界でも大きな話題を呼ぶことになりました。このデバイスには電子書籍アプリケーションが搭載されており、電子ブックリーダーとしての利用がクローズアップされたからです。

iPodという実績を持つ同社が乗り出してきた以上、競合他社が警戒を強めているのは間違いありません。音楽の世界でiPodがCDからデジタル配信への流れを作り上げた経緯を考えると、書籍の分野でも同じことが起きると予想する人は少なからずいるようです。

電子書籍普及の決め手は何か

これまでで最も成功を収めた電子ブックリーダーと言えるのがKindleです。アマゾンは先行していたソニーの競合製品と同様、E Ink社の電子ペーパーを使って電子書籍に特化したデバイスを作りました。

電子ペーパーは、液晶モニタと違ってバックライトを必要としないため極めて省電力であり、しかも紙に近い白色度や解像度で可読性が高く、自ら発光せず紙のように光を反射する仕組みであることから目が疲れないといった特性があります。また、軽量であり、折り曲げることもできるなど、既存の概念にとらわれない可能性も秘めています。

一方で、カラー化はまだ開発途中であり、また、反応速度の問題で動画には向かないなどといった弱点もあり、用途を選ぶ素材と言えます。パソコンのモニタには向かないものの、文字中心の電子書籍には現状で最適なデバイスといっても過言ではないでしょう。

それに対して新しく登場したiPadは、報道されている限りではiPhoneの大型版という趣であり、魅力的な製品ではあるものの、電子書籍用途に限って言えばさほど機能的に優れた点があるとは言えません。もちろん、マルチメディアに対応し、iPhoneのアプリケーションも全て使えるiPadですから、使いたいと思う人は多いでしょう。ただし、電子書籍を購入する層にアピールするかどうかは未知数なわけです。

にもかかわらず、iPadがKindleの有力な競合製品になると考える専門家は少なくありません。これは、電子書籍の普及がデバイスだけに依存しているわけではなく、むしろいかに売るかにかかっていると考えているからでしょう。

電子書籍デバイスが次々に登場しては失敗するなか、Kindleが一定の成功を収められたのはパソコンを使わず携帯電話の通信網を使ってデータを直接ダウンロードでき、しかも通信料はアマゾンが全額負担するという仕組みを作ったことが大きいと言われています(本自体の価格も印刷物よりかなり安い)。

これまでは、電子書籍を購入するにはパソコンでダウンロードするしかなかったわけですが、それだとデータをさらにデバイスに移さなければなりません。著作権保護技術も絡み、データの移動は意外に面倒なものでした。日本で携帯電話への小説の配信が軌道に乗ったのも、データをダウンロードするだけで読める簡便性が受けたという見方もできます。考えてみれば、iPod+iTunes Storeも、それまでの音楽ダウンロード販売よりも著作権管理がゆるく、使いやすかったというのが普及の一因でした。

アップル社はiBookstoreという電子書店を立ち上げ、そこでデータを販売する予定です。もちろん、データはiPadでダウンロードしてそのまま見ることができます。ただ単に書籍データをダウンロードできるだけでなく、出版社が開発したアプリケーションをApp Storeで購入するといったことも可能です。

実際の販売ラインアップがどうなのか、また日本ではどのような形になるのかはまだ分かりませんが、iPodとiTunes Storeでのこれまでの実績を考えると、かなり魅力的なものになることは間違いないと思われます。

これまでも、電子書籍は大きな可能性を秘めた市場と考えられてきましたが、それが開花することはありませんでした。しかし今年こそは、可能性から現実へ大きく前進する年になるのかもしれません。そのとき、日本の出版業界はどうなるのか、我々はどう行動すべきなのかが問われることになるでしょう。

(田村 2010.2.1初出)

(田村 2016.11.7更新)

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