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「紙もデジタルも」が時代の流行

「紙もデジタルも」が時代の流行

印刷版雑誌を講読すると電子版も付いてくる

米国では雑誌は書籍とは異なる商品と考えられており、書店で購入するものという意識はあまりありません。発行部数のおよそ8割程度は定期購読で占められており、店頭売りの場合もスーパーやドラッグストア、コンビニといった本屋以外の小売店で購入されることがほとんどです。

再販制度がないため小売価格は店によって違いますが、特に定期購読はディスカウント率が非常に高く、販売による利益はまったく出ないのではと思われる媒体も少なくありません。米国では広告収入の割合が極めて高く、“広告で持っている”雑誌が多いのです。発行部数は、雑誌の販売収入そのものよりも、広告ページの価値を左右し広告収入に直結するため、たとえ叩き売りのような値段であっても、安定した部数が得られる定期購読者の獲得に力を入れるわけです。

電子書籍市場が急速に成長し、タブレットなど閲覧環境も整ってきたため、雑誌出版各社(米国では書籍出版社と雑誌出版社は別)はこぞって電子雑誌を発行していますが、実際にうまくいっている例はあまりありません。最大の問題は、電子書籍で定期購読者を獲得することの難しさです。

iPadが登場した2010年以後、雑誌出版社はタブレット向けの電子雑誌アプリを提供してきました。メインに想定されるデバイスはやはりiPadでしたが、アプリは無償配布でもApple社に手数料を支払う必要があり、一方で定期購読者の情報はほとんど出版社に渡さないといったApple社の方針もあってなかなか普及しませんでした。

電子雑誌が普及に苦労するなか、新たな試みが注目されています。Amazon社は、雑誌などの定期購読サービスは以前から販売してきましたが、電子雑誌の登場に合わせ、印刷版雑誌を定期購読するとKindle版もダウンロードして読むことができる「Print + Kindle」というサービスも提供しています。

さらにこのほど、「Vogue」「GQ」「Vanity Fair」など有名雑誌を数多く抱える米国雑誌出版大手のConde Nast社が、Amazon社と組んでAll Accessという定期購読サービスを開始しました。このサービスも印刷版と電子版の雑誌を両方利用できるというものですが、Kindleという枠組みに収まらない点が大きな特徴です。

All Accessで定期購読を契約すると、利用者は印刷版雑誌を定期配送してもらうほか、Conde Nast社が用意するアプリを自分のデバイスにインストールして電子版(バックナンバーを含む)を定期購読の期間中読むことができます。つまり電子版といってもKindleではなく、別途インストールする専用アプリを使うのです。定期購読の登録・管理(購読延長・停止など)、課金はAmazon社のシステムで行えるものの、それ以外は出版社が自分たちのやり方で運用するというわけです。

現在キャンペーン価格でVogueが6か月6ドル、Wiredが6か月5ドルなどと目を引く低価格で販売されており、注目度も高いようです(印刷版、電子版それぞれ単体での定期購読よりはるかに安い)。読者にとってデメリットは見当たらないだけに、印刷版だけ欲しい読者も、電子版だけ欲しい読者もこのサービスを選ぶでしょう。出版社としては、Amazonの強力な販売力を活用しながら定期購読者の統合的管理を行えるというのがメリットと言えます。

Kindle MatchBookの衝撃

電子書籍が普及してくるにつれ、印刷版の書籍を持っていても電子書籍も欲しいというニーズが顕在化してきました。電子書籍には、場所を取らず、多くのデバイスで使え、検索できるといった紙の本にない特徴があります。電子書籍に全面的に乗り換えるということでなくても、用途によって使い分けたいというニーズは少なからずあるわけです。日本で話題になった“自炊”は、紙の書籍を持つユーザーが電子書籍が手に入らないために自分で紙の本をスキャンして電子化するというものでしたが、これも、印刷版の持ち主の間で電子版のニーズがそれだけあるということを示しています。

読書家であれば、生まれてから今までに購入した本はかなりの数に上るでしょうが、それをすべて手元に置いているという人は珍しいのではないでしょうか。昔読んだ本は、なくしたり手放してしまっていることが多いものです。あとになって「もう一度読み返したい」と思っても、もう一度同じお金を出して買うのは無駄な気がして躊躇する、そんな人も少なくないでしょう。

米国Amazon社は9月3日、印刷版書籍をAmazonから購入していた場合に、そのKindle版電子書籍を無料ないし低価格で手に入れることができるKindle MatchBookというサービスを発表しました。

Amazon社が印刷版書籍をインターネットで販売し始めたのは1995年のことですが、同社は当時からの販売情報をすべて保持しており、Amazonサイトで購入(古書は除く)したユーザーはすべて対象となります。MatchBookサービスによる提供価格は、2.99ドル、1.99ドル、0.99ドル、無料となっており、いずれかを作者や出版社が選ぶことになります(もちろん、MatchBookに加わらないという選択もできる)。

10月のサービス開始時には1万点の書籍が利用できる予定ということで、順次このサービスで提供される書籍の数は増えていくはずです。

最高でも2.99ドルという価格だけを見ると、出版社や著者にとってメリットが本当にあるのかと疑問に思うかもしれません。しかし考えてみると、MatchBookで電子書籍を購入するのはすでに印刷版を購入しているユーザーだけです。彼らがすでに持っている本を電子版として改めて購入する確率はかなり低いでしょう。購入しなければ利益はゼロですが、1ドルや2ドルでも購入してもらえればそれだけその本によって得られる利益が増えることになります。しかも、新規読者ではないので、「もっと高くしても買ってもらえたかもしれない」といった機会損失を心配することもないわけです。

紙と電子を使い分けたいという読者からすると、少ない費用で印刷版も電子版も手に入るというのは大きなメリットです。また、印刷版だけしか要らないと思っているユーザーでも、わずかな額で電子版を購入できるとなると電子版も試しに買ってみるということもあるでしょう。少なくとも印刷版書籍を購入しようとしているユーザーに対して訴求効果があるのは間違いありません。出版社、著者、読者のいずれもデメリットがないサービスであり、成功する可能性は非常に高いと言えます。

一方、Amazon社と競合する書店にとっては脅威以外の何物でもないでしょう。印刷版、電子版のいずれかしか扱っていない書店には対抗する術がありません。バーンズ&ノーブルのように実店舗で印刷版の販売、Webで電子書籍の販売を行っている場合でも、印刷版の購入履歴が残っていなければこのサービスは成立しません。つまり、世界一の書籍通販企業であり、世界一の電子書籍販売企業でもあるAmazon社にはじめから最適化されたサービスなのです。

このサービスが日本でも始まるかどうかは分かりませんが、もし始まれば大きな影響をもたらすでしょう。電子書籍の普及に弾みがつくのはもちろん、たとえば、電子版だけでいいと思っていたユーザーが、安価に両方手に入るとなれば印刷版を買ってこのサービスを利用するということもあり得ます。

電子書籍、電子雑誌は印刷本、印刷雑誌と競合すると言われたこともありました。電子書籍が売れればその分紙の本が減るトレードオフの関係にあるというわけです。しかし、アメリカの状況を見ると、むしろ電子書籍の普及が印刷本の市場を活性化させることもあるということが分かってきました。All AccessやKindle MatchBookは、そんな紙と電子の共存共栄の関係をさらに進める動きと言えるのではないでしょうか。

(田村 2013.9.30初出)

(田村 2013.11.7更新)

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