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文字コードをめぐる新しい動き(その3)

文字コードをめぐる新しい動き(その3)

当用漢字から始まった字体の混乱

2000年12月8日、国語審議会から「表外漢字字体表」という、一見地味な、しかし、今後のコンピュータの文字環境、そして我々DTP・印刷業界にも大きな影響を及ぼす極めて重大な意味を持つ答申が出されました。

「表外漢字」とは聞きなれない名称ですが、これは“常用漢字表”の外の漢字という意味で、常用漢字表に収録されていない漢字の字体についてのよりどころを示すために作られたのが表外漢字字体表です。

戦後わが国の国語政策において漢字利用の制限は大きな柱とされてきました。まず、昭和21年に当用漢字表が公布されます。これは「日常使用する漢字の範囲」を1,850字に絞り、公的な場面で半ば強制的に使用を制限しようとするものでした。その結果、熟語が漢字だけで表現できず、かなとまぜ書きしたり(「ら致」「ろ過」など)、同音の漢字で書き換える(叡智→英知など)といったことが行われ、日本語の破壊だといった批判を招くことになりました。

さらに、当用漢字音訓表によって読み方が制限され、当用漢字字体表によって伝統的に使われてきた漢字が略字体などに変えられるなど、一連の政策が日本語の表記に与えた影響およびトラブルは小さからぬものがあります。

そもそも、当用漢字は漢字使用廃止を視野において作られたものでした。今となっては非現実的な話ですが、わが国には幕末以来、欧米列強に伍するためには漢字ではなく、ローマ字のような表音文字を使うべきだと考える人たちがいて、自分たちの主張を展開してきました。彼ら表音主義者は、戦前から各方面に働きかけをしていたのですが、戦後の混乱期、ついに自分たちの理想実現のための一歩を踏み出すことに成功したのです。

ただし、彼らの企てがそれ以上進むことはありませんでした。当用漢字には根強い批判が続き、最終的には国も方針を転換、1981年には常用漢字表が制定されます。文字数は1,945字と大して変わらないものの当用漢字のような強制的なものではなくあくまでも「目安」ということになりました。

83JISを是正するための漢字表

漢字政策の見直しが進みつつあった1978年、日本で初めての漢字を含む文字コードJIS X 0208が作られ、従来の漢字表にない文字をコンピュータを使って表現することが可能になりました。

元々、漢字の習得が負担であるということから始まった漢字制限ですが、コンピュータで簡単に漢字を出せる時代になると、その意味はあいまいなものにならざるを得ません。コンピュータで利用できる文字数への要求は強く、その後、JIS X 0212や0213によってさらに文字数が拡張されたのは前回までに見てきた通りです。

一方、字体について見てみると、当用漢字表、常用漢字表にはそれぞれ字体表がありましたが、漢字表に収録されていない漢字に関しては何も定められていないという状況が長い間続いていました。

そういった状況の中、コンピュータで使う文字において実質的な字体の目安となったのがJIS規格票の例示字体です。特に、1983年の改正は、元々あった文字の代わりにあまり見慣れない略字体が例示字体として多く採用され、元の文字が使えなくなるなど大きな混乱を巻き起こしたことで悪名高いものでした。

しかも、コンピュータの普及に伴い、JISの例示字体がコンピュータの世界にとどまらず、印刷物など社会全体の文書に影響を与える事態が起きてきました。

国語審議会が表外漢字字体表を作ったのは、このような字体に関する混乱状況を国語基本政策の観点から正し、漢字のよりどころを示そうというのが最大の目的だったと言えるでしょう。ただし、常用漢字表内の漢字については、すでに字体が定着しているという判断から見直しは行われず、あくまでも“表外”漢字についてだけ基準を示すことになりました。

表外漢字字体表を作るにあたっては、大手印刷会社および新聞社による漢字出現頻度数調査が行われました。それによると、人名用漢字以外の常用漢字表外の文字は使われる頻度は少ないものの字種はかなりあり、多くはいわゆる“康煕字典体”(中国清朝の康煕帝(こうきてい)の命で作られた「康煕辞典」は漢字辞典の模範として後世に大きな影響を与えた。康煕字典体はこの辞典で使われている字体を意味しているが、定義があいまいという批判もある)だったということです。

表外漢字表は、常用漢字とともに使うことが比較的多いと考えられる表外漢字1,022字を特定し、その印刷標準字体を示しています。簡略された文字を字体として採用した当用漢字表、常用漢字表と比べて、康煕字典体を基本にしているため、従来の印刷物で使われてきたいわゆる正字が中心になっています。ただし、俗字・略字でも、使用頻度が高く康煕字典体の正字以上に使われているもの(5倍以上の出現頻度など)については印刷標準字体に採用されました。

また、正字が収録された文字のうち、俗字・略字も一般的に使われているとみなされた22字については、略字も簡易慣用字体として収録されています。なお、この字体表に収録されなかった漢字については、漢和辞典で正字体とされてきたものを原則とするということです。

表外漢字字体表は、従来印刷物で使われてきた字体を基本に作られており、印刷業界にとっては一見受け入れられやすいもののように見えるかもしれません。しかし、今ある文字コードとの整合性を考えた場合、そこには極めて重大な問題が潜んでいました。

(田村 2006.3.13初出)

(田村 2016.5.25更新)

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