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江戸の印刷文化史

花開く出版文化―江戸の印刷


江戸時代とは徳川家康が1603年に江戸の地に幕府を開いてから、徳川慶喜が1867年に大政奉還するまでの264年間をいう。


幕府は全国60カ国の大名を統制したが、各地の統治はそれぞれの大名に託すという幕藩体制を採用し、下克上を固く戒めるために「士農工商」という身分制度を敷いた。人の身分は産まれたときに決まっており主従関係は絶対に侵すべからずとしたのである。


わが国の有史以来はじめてともいえる平和な時代が永く続き、木版(彫版)印刷を中心とした印刷技術の進化と浸透により出版文化が花開く下地ができた。

この下地の上にどのように出版文化が開花したのか、その背景を調べてみる。


町人の台頭と武士の没落

幕府及び各国の大名の租税は地本主義、すなわち米の石高であった。米が経済の中心であったが、世の中が落ち着くに連れ貨幣の流通が活発となり、現実に社会の繁栄を支えたのは身分が一番下とされた商人であった。


財政にいきづまった大名達は、最下層の身分の商人に頭を下げて借金をしてようやく生計を維持するというねじれ現象が起こり、武家は「文化」どころでは無くなった。こうして文化の担い手が「町民」の手に移ったのである。


この時期、武家の統制下にあった公家も当然のように没落している。

町民が経済を支配することが、町民文化を生み出す原動力となった。


識字率の向上

幕府は「各家庭は必ずどこかの仏教寺院に属すべき」という檀家制度を敷いたため、各寺院の僧侶による説法を通して仏教の教えが市民の間に広まった。


そして町民・農民は寺子屋を通して読み書きそろばんを習い、全国的に識字率が高まった。また貨幣経済が進むにつれ、計算も読み書きも出来ないことは社会から脱落することを意味するので各家庭ではこぞって子弟に教育を行った。


読み書きが出来て書物に接することにより知的好奇心が高まり、印刷物への欲求が高まるのである。

出版の隆盛もあり、江戸時代全体を通してわが国の識字率の高さは常に世界最高であった。


大幅減税による消費の活発化

江戸時代の初めの50年ほどは社会基盤の整備の時代であった。江戸を始め城下町の建設、五街道の整備、港湾の整備、耕地の開発と治水工事などが一斉に行われた。


1660年頃に社会資本が一応整うと幕府は高率の税額を大幅に落とした。江戸初期に七公三民(所得の70%が徴税された)が五代綱吉の治世になると三公七民となった。


この大幅減税により市民の可処分所得が増え、その生活水準は大幅に向上した。衣食足りて礼節を知る。文化もまた生活が豊かになり余暇のありかたのひとつとして発展するのである。


寛永、元禄、化政の三つの江戸文化


寛永文化

戦国乱世が終結したことで京都の公家衆が再び文化に参入し主導する。この文化は前代の桃山文化を継承している。

本阿弥光悦をはじめとし画家では狩野探幽、俵屋宗達、陶工の酒井田柿右衛門、儒学者の藤原惺窩、林羅山などにより数々の工芸品や絵画が残され、朱子学が幕府の学問として正式採用された。これを「寛永文化」とよぶ。17世紀前半のことである。ここまでが公家と武家が先導する「文化」であった。



元禄文化

18世紀に入ると大阪を中心とする「元禄文化(上方文化)」が盛んになる。貨幣経済の発展により繁栄した経済都市大阪の豪商達は、書や有名な美術品を競うように買い求め、歌舞伎や浄瑠璃を楽しみ、さらにそれらを財政的に支援した。それにより文芸・娯楽が発展し新しい「文化」を形成する。


小説家の井原西鶴、俳諧師の松尾芭蕉、脚本家の近松門左衛門などを輩出した。この頃、武家は既に弱体化し借金財政に陥っている。



化政文化

18世紀後半になると単なる政治都市であった江戸も、大阪に匹敵する経済都市となり庶民に経済力と活力をもたらした。将軍家斉は緊張感の無い社会に弛緩をもららす治世を行い、これに影響され通俗的で享楽的な町民文化が産みだされる。文化・文政の時代に花開いたことから「化政文化」と呼ばれる。そしてこの化政文化の中心を成すものが印刷出版物であった。


書写本や肉筆画は量も限られ高値であり庶民には無縁であったが、印刷という「大量複製技法」の向上により、おびただしい数の出版物が生み出され、価格も江戸庶民が容易に手に出来るまでに下がり、さらには参勤交代で上京した下級武士達がこれら「江戸の印刷物」を争うように買い求めて各地へ土産物として持ち帰ることにより出版文化が全国に伝播した。


地方の村人が江戸に本を求めにやってくるほどまでに出版・印刷が隆盛したのである。


ヨーロッパではグーテンベルクの印刷術発明以降の、大量複写が可能となったことによって庶民が聖書を手にすることができるようになった。


わが国では絵入りの小説や、説明書きの付いた図画が庶民にもてはやされた。それゆえ採用された印刷術が活版と彫版(木版)とに大きく分かれたのである。


わが国で彫版が主力となるきっかけは「版に図画が多い」ことによるのだが、それだけでは文字主体の「読本」までが彫版であったことの説明がつかない。彫版が主力となったもうひとつの要因それは「ひらがな」であった。次回は「ひらがな」について調べる。


(塩原哲司 2004.6.21初出)


【参考文献】
「秘めたる笑いの世界「春画」」早川聞多 洋泉社刊
「浮世絵の鑑賞基礎知識」大石慎三郎 至文堂
「早わかり江戸時代」河合敦 日本実業出版社
「面白いほどよくわかる江戸時代」山本博文 日本文芸社
「3日でわかる古典文学」森本眞由美 著 ダイアモンド社刊 大橋敦夫・西山秀人監修


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