書籍の組版に関して長年の経験と実績をもつインフォルムですが、最近は単なる組版だけでなく、編集やライティング、デザインなどを含めた仕事もこなしています。そういった仕事を多く発注いただいているお客さまの一つが株式会社新潮社の新潮文庫編集部です。
新潮文庫
日本を代表する出版社のひとつである新潮社は、特に文芸関係に強く、これまでに数多くの名作、ベストセラーを世に送り出してきました。
同社が、世界の名作文学を安価に提供することを目的に創刊した新潮文庫もまた、長い間、国内外の膨大な作品を大衆に提供し続け、国民の読書水準の向上にも大きな貢献をしています。多感な青春時代、新潮文庫でたくさんの名作に出会い、夢中になって読みふけったという人も少なくないのではないでしょうか。安価かつ小型で、手軽に読書を楽しむのに最適な書籍として人気がある文庫本の、代表格と言える存在が新潮文庫なのです。
その始まりは大正三年といいますから、現在存在する文庫の中では最も古いことになります。ただし、第一期の新潮文庫は数年で中断、昭和に入って第二期、第三期の刊行があったもののそれも戦争で終わり、昭和二十二年に始まった第四期が現在まで続く「新潮文庫」です。
新潮文庫には古今東西の名作のほか、現代の作品も数多く、さらに文学以外にも実用書や政治・経済、芸能、旅行関係など、さまざまなジャンルの本が発行されています。
DTPデザインと編集の仕事
インフォルムが新潮文庫の制作に関わるようになったのは2007年のこと。当時、新潮社は山本周五郎作品のフェアを企画しており、新潮文庫の山本周五郎作品の解説目録リーフレットを作ろうとしていました。そのリーフレットの紹介文作成およびレイアウトがインフォルムに発注されたのです。
新潮文庫の周五郎作品本は全55点(59巻)。それぞれに紹介文、キャッチコピーを作り、ISBN番号や映像化などの情報を加え、表紙をスキャンしてレイアウトするまでがインフォルムの仕事というわけですが、紹介文とキャッチコピーは各本の内容を把握しないと書けませんし、映像化された作品の情報を調べるにしても周五郎作品は黒澤明をはじめとして映像化された作品はかなり多く、文庫サイズの小冊子という分量の割には編集作業に手間どった仕事でした。
これをきっかけにして、新潮文庫編集部からインフォルムへ仕事の発注がされるようになりました。新潮文庫の場合、小説などでは組版の仕様もほとんど決まっており、字形などで特別に注意が必要なものもありますが、そういった約束事さえ踏まえていれば作業に支障をきたすことはまずありません。インフォルムが請け負うのは、そういったある意味でワークフローの確立されたものではなく、むしろ“新潮文庫らしからぬ本”や、通常のワークフローではさばきにくいものが中心です。
2008年に開業25周年を迎える東京ディズニーリゾートを足で集めた豊富なデータで徹底的に解説したことで人気の書籍『東京ディズニーリゾート便利帖』(堀井憲一郎著)の文庫化もそういう仕事のひとつでした。ディズニーリゾートの実態を可能な限りリアルに解説するというのがテーマのこの本、変化の激しい人気リゾートパークだけに記事の陳腐化もあっという間で、文庫化の際には記事の取捨選択やリライトだけでなく、大幅な書き直しも必要でした。また、施設の待ち時間など足で稼いだ情報が膨大な数の表として掲載されており、これらを文庫サイズに収めるための調整もかなりの手間になります。インフォルムが担当したのは、テキストの一部リライトと編集、組版でした。
作業にあたって、既刊の書籍のデータは残っていましたが、そのまま使われたテキストや表はほとんどなく、何らかの修正が入るか、あるいは全面的に書き直しとなりました。東京ディズニーリゾート25周年に合わせたリニューアルが4月半ばに予定され、また、ゴールデンウィークも間近という時期、発行に適した日は限定されます。ところが、情報の新鮮さにこだわる筆者の原稿入稿は遅れに遅れ、本文や表の差し替えも頻繁で、担当者はメールで入稿されてくる原稿をまとめ、組版する作業にかかりきりとなりました。メールのやり取りは100通を優に超え、メールに添付された原稿データは重複分を含めて数百ファイルに及んだのです。
ここで、発注側の新潮文庫編集部から見たインフォルムについての評価をご紹介しましょう。お話しいただいたのは『東京ディズニーリゾート便利帖』の担当編集でもあった同編集部の佐々木勉副部長です。
新潮文庫編集部副部長佐々木勉氏 「『東京ディズニーリゾート便利帖』の場合、原稿の上がりが遅くて、方針の変更も多く、しかも編集する時間が取れないなかで何とか刊行できたのはインフォルムの力だと思います。「編集者が間に入ると“伝言ゲーム”状態になるから著者と直接やってください」と、こちらはほとんどタッチすることなくほったらかしでしたが、知らない間にどんどん「内容が重複しますよ」とか「ここは書き直すとおっしゃってましたけどまだですか」といったように進行管理もしてもらいました。本当は「丸投げ」は、ご法度なんですけどね。
DTP会社は普通、写真、絵、キャプション原稿、本文原稿、リードというような材料をすべて渡した段階からデザイン処理を始めますよね。文庫編集部ではそういう仕事が基本的に多いのですが、このように材料がまだ確定していない、2ページに収めるのか3ページになるのかも決まっていない、というような企画も年に一、二点あります。台割すら未確定というようなぐちゃぐちゃな状況でも、著者には何らかの形を見せて、「このあたりは字ばっかりが続くからイラストのスペースを入れてよ」などと著者が判断しやすい考える土台になるような、一見無駄にみえるラフレイアウトのようなワンクッションをおかないといけない、という仕事もあるんです。そういうときに相当底力を出してもらいましたね。
材料が揃う前のラフな状況で、無駄になると分かっていて、何の材料が余計なのか、あるいは必要なのかというのが見えるようなレイアウトを一回作るというのを文句も言わずやってくれてありがたかったです。そんなことをやってくれるDTP会社、聞いたことないですからね。
あれが普通の「DTPをやります。編集のスタッフはいません」というところだとできなかったですね。私が現場編集専属でなく、この仕事にかかりきりにもなれなかったもので、本当に助かりました。デザイン現場と著者の間に私や営業さんが入ると筆者の要望がきちんと伝わらない傾向がありましたが、後半は直接現場担当者が来てくれたので私も著者サイドのマネージャーを呼んで直接打ち合わせしてもらう形にしました。営業さんと編集者が手を抜けば抜くほどいい結果になるという奇跡的なことが起こりました。
一部ゴーストライトもやってもらいましたし、今回の仕事に関して言えば、DTPデザイン会社というよりは、DTPデザイン会社兼編集プロダクションというところまでの領域をカバーしてもらえたので大変心強かった。
そもそも前の山本周五郎の仕事だって大量にコピーライトしてもらいましたが、あれもデザインのできる編プロという感覚で、我々は丸投げしていればいいという感じでした。そこが並みのDTP会社とは違うといっていいのではないでしょうか」
編集者の球をキャッチする
佐々木氏 「山本周五郎の作品リストの時も恐るべき力を発揮してもらいましたし、ディズニー本も大変助けてもらいました。一方で、僕はタッチしていませんが、タレントのインタビュー集の『元アイドル!』(吉田豪著)という本は、基本的にすでにあるテキストを流し込む作業でした。従来はそういうものが多かったと思うんですが、ほかのDTP会社と付き合ったときに感じたやりにくさというのがインフォルムさんにはまったくなかったと担当編集者は喜んでいました。
以前お付き合いしていたDTPデザイン会社は、結局キャッチャーに徹してくれなかったんですよ。「このほうがいいですよ、あのほうがいいですよ」って、自分たちのやり方や美学を押しつける。でも、それは彼らがポスターとか商業印刷のコマーシャリズム系の製品を作っていた、その知識で言っているわけです。
僕らは活字を組む(出版の)世界でやっているので、方法論も美学もまったく違う。こっちの投げる球を的確に受け取ってもらうのが第一なんです。それを無視して言ってくる、それでいつも衝突していました。
もちろん、こちらもデザインの専門家ではないので、明らかに変な入稿指定をして、ゲラが上がってきたら再校で変えるということも往々にしてありますが、それは編集者が育っていく道のりでもありますから、そのボール球を一回受けてほしいんですよね。その辺をインフォルムさんはきちんとやってくれる。
一般的なDTP会社だと、自分の得意な一つか二つの型で処理しちゃおうとするということが、特に若い編集者相手の時にあった。インフォルムさんにも、これから編集一年生とか二年生の何も分かっていない人が発注することがあるでしょうが、そういう時に、明らかに変なことを言っていても一回はお付き合いしてほしいんです。で、出てきた初校を見てね、「あ、俺こんな指定してたんだ」と気付く、そういうことが勉強だと思います。もちろん、そういうやり直し代はきちんとお金を取ればいいのです。
良かれと思って事前に「こんなことしていたら変になっちゃいますよ」というと、編集者はプライドだけは高いですから怒ります。現場の一年生、二年生といっても一生懸命入稿指定したのに「それはあまり良くないですよ」っていったらそれはぶつかりますよ。後で全部やり直しになるのは分った上でやってやるみたいな度量をインフォルムには感じますね」
これからのDTP制作に求められるもの
佐々木氏 「編集者の実力がなくなってきているというのが今の一番の問題です。昔は職人めいた編集者がたくさんいて、目次の見開きのバランス、小見出しのセンス、どんな本文用紙、見返し、花布(はなぎれ)、スピンにするか、っていうようなところまで、それこそ爪の先まで神経をいきわたらせて本を作っていた。
編集者の実力が落ちてきているからこそ、インフォルムさんみたいなところの守備範囲が広くなってきているんですよ。編集的なこと、美学に類すること、それから本づくりだったら、扉ウラは白ページにするとか、目次や奥付等も本文版面の刷位置に収めるとか、基本中の基本をきちんと編集者にアドバイスできるようにしておいたほうが仕事の幅が広がると思うんです。基礎知識のない編集者が業界中に蔓延していますから。造本まではいかないにしても、本の構成、仕組みの知識を営業マンと現場が持っているくらいの守備範囲があると、私たちは安心してできの悪い編集者を押しつけることができるわけです(笑)。
ただ、今の問題でいうと、昔の編集者は年に5冊くらいしか本を作っていなかったんです。それで十分成り立っていた。今は本が売れないので年間20冊、30冊と作っていかなければならなくなってきている、そうすると当然お留守になってくる部分がある。これは各社一緒のことですから、致し方ないですね。編集者が無能になってきているというよりも、分業せざるを得なくなってきているのでしょうね。
編集者は原稿の方に集中して、著者とやりとりして、できたところからどんどんそちらに上げる、となったときに、目次原稿が来なかったらそれをただ待つのではなくて、「目次作っときましたよ」とか(笑)。「ああ、そうでした、目次忘れていました」ということってこれから往々にしてあると思うんです。扉も見出しも何もついていない一本の長い原稿が入ったとしたら、「章を作ってそこで区切っていかないと読むほうがしんどいんじゃないですか」とか、「見出しのスペース開けときましたよ」とか、「章扉はこっちで作るのでお手数かけませんから」とかね。これからそういう時代になっていくと思います。
新潮文庫にはレイアウトの規則があって、それで間に合う仕事はDTP会社に出さない。あるいは、腐っても文芸編集者集団なので基本的なことは一通りできる。つまり、インフォルムとの仕事が発生するのは新潮文庫的にいうと非文芸系の「変な本」なんです。文芸系の編集者がどうしたらいいか分からない本なんですね。
そんな場合、丸投げをする勇気のある編集者と丸投げできない編集者に分かれるんです。丸投げできない人はがんばって変な指定をしてきちゃう。
仕上がりを明確に想像できないときちんとした指定はできない。本来指定ってそういうことです。DTP作業って、画面で仕上がりを見ながらやれるから、そのほうがきれいになるんですよ。丸投げするほうが手を抜いていることは間違いないんですけど、かえってそのほうが、いろいろこねくりかえすよりよくなることが多い。私は信頼できるDTP会社の場合は、あえて丸投げすることがあります。
印刷会社で対応できるような世界は文芸編集者の技術の内側の世界だからいいんですが、DTP会社にお願いしないといけないというのは全部クセモノの企画ですから、それを受けられるデザイン力、本の仕様に関する知識、内容そのものへの対応力がないといけない。インフォルムはそれがある会社だと思っています」
新潮社Webサイト http://www.shinchosha.co.jp
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